プロローグ<中尾サイド>

 地の国と聞いて、人々が思い浮かべる事と言えばどんなことだろう。
 暗い。寒い。山がいっぱい。領主王が三年前に病没。兄の黒煌と王位継承を争った結果、黒真珠のような可憐な少女が領主王の座を継いだ。
 その兄が宰相となり、妹である黒耀を監禁して実質的な政務を取り仕切っている。
 なんか聞けば聞くほど滅入ってくるような情報だが、これは地の国外の人々が持つ印象。
 実際はかなり違い、地の国に訪れた人はそのあまりの違いに驚愕する。
 地熱を有効利用した地下都市は年中通して温暖だし、改良されたヒカリゴケは時間によって明るさを変える。
 兄と妹は王位継承をめぐって争ってはおらず、兄が継承権を放棄したことによる繰り上がりによって、妹黒耀が領主王となった。
 しかし、黒耀の年齢が当時十一歳ということもあり、彼女が成人するまでの間摂政として妹を補佐しているに過ぎない。
 黒耀が年始の記念祭以外表に出ないのも、今をもってまだ幼い黒耀を守るため。
 ここまでは、地の国に住む人々ならば、子供でも知っている。
 ただひとつ。三年前に兄、黒煌が中心となって軍事力を大幅強化していることを除いて。


「うわぁん」
 少女が、泣いている。
 ぺたんと地面に座り込み、顔を覆って泣いている少女の前に、少年が立っている。
 少年の手には、汚れた人形がある。おそらく、少女のものだろう。
「かえしてよぉおお! うわぁあああん」
「こんな汚い人形、いらないだろぉ!」
「いるもん! お母さんが作ってくれたものだもん!」
 少女の言葉に、少年たちが凍りつく。
 実はこの少女の母親は、つい最近亡くなったばかり。
 その悲しさで塞ぎこんでいた少女を元気付けようと、少年が話しかけても無反応。
 ずっと人形ばかり見つめている少女の気持ちを察っせれるほど、少年は大人の階段を上っていなかった。
 話聞いてほしさに、人形を奪ってしまったのだ。
 さて、ここからが少年たちの度量を見る良い機会なのだが、空気を読めない輩はどこにでもいるもので。
「そこまでじゃ、少年!」
「な!? だ、だれだ!」
 きょろきょろ周りを見回すと、少年の背後に、同じ年頃の少年少女が立っていた。
 中央に立っているのが、黒髪褐色肌の少女。短いながらも艶やかな髪、この国では珍しくない褐色肌もキメが細やかで、分類的には美少女に入る。
 残念なことに、出るところは出てないが。
 向かって右には、黒髪に白い肌と、珍しいタイプの美少女。左側には同じく黒髪白い肌の美男子。
 どちらも少女より頭ひとつ大きいが、それでも少年達と同程度。
「なんだお前たちは!」
「われか? われはこくゅっ!」
 真ん中の少女が名乗ろうとしたところで、左にいた少年に頭を叩かれた。
「い……いたいぞ、ガンちゃん」
「うむ。痛くしないとわからないからな。お前は」
「ですね。コキュは馬鹿だから」
「め、メイちゃんまで! って、コキュってだれ」
 がつん。
 こんどはメイちゃんに頭をはたかれる。
「はぅう、痛いよ。メイちゃん」
「痛くしてもわからない人、嫌い」
「あぅ。ごめんよ、メイちゃん」
 涙目で頭を抑えつつ、メイを見上げるコキュ。
「え……えーっと……」
 突然の展開についていけず、戸惑う少年たち。少女までも泣くのを止めて状況を見入っている。
「お、お前たちは……なんだ?」
「うむ、よくぞ聞いてくれた!」
 コキュが腰に手を当て、(無いが)胸を張って叫ぶ。
「我は地の国の治安を守る、地の国戦隊のリーダー。コキュ……だっけ?」
 今度は二人同時に頭を叩かれる。
「痛いよぅ。メイちゃんにガンちゃん」
「馬鹿は嫌いだ」
「右に同じ」
「はぅ。ごめんよぅ……」
「いやだから、話を進めてくれよ!」
 たまらず、少年が叫ぶ。
「う、うむ! かよわい少女をなか……あれ?」
 コキュの言葉が途中で止まる。
 少女が、笑っていた。
「えーっと……?」
「お前の馬鹿さ加減が面白かったのだろう」
「同感」
 戸惑うコキュに、サイドの二人が冷たい言葉を投げる。
「さっきからひどいよ二人とも」
「俺たちからしたら、お前のほうがひどいと思うがな」
「うんうん」
「あうぅ」
 このやり取りがつぼだったのか、少女はおなかを押さえつつ、涙まで流しながら笑っている。
 ひとしきり笑った後、少女は立ち上がりお尻の砂を払うと、少年に手を伸ばす。
「ケンちゃん。返して」
「あ……うん……」
 少年から返してもらった人形をそっと抱きしめ、少女は微笑む。
「ありがとう。もう、大丈夫だから……」
「う……うん」
 少年は頬を赤らめる。
「うむ、これにて一件落着だな!」
「お前はなにもしてないがな」
「むしろ……邪魔?」
「はみゅぅううう」
 二人の冷たい視線に、コキュはその場にしゃがみこんでのの字書き始めたりする。
 すると、少女がコキュの前にかけてくる。
「ありがとうね、お嬢ちゃん」
 笑顔の少女を見上げるコキュ。
「おまえ……いくつ?」
「え、私? 私は十歳だよ」
「私のほうが年上だ!」
 ぴょん、と立ち上がるが、それでもコキュは少女を見上げている。
「え……いくつなの?」
「今年で十四歳だぞ!」
「うっそでー、そんなつるぺたのくぶぎゃ……」
 少年が言い終える前に、コキュのとび蹴りが顔面にヒットしていた。
 その動き、まさに神速。
「つるぺたっていうなああ! 我の胸には夢とか希望とか詰まってるんだ!」
「十四でそれじゃ、たかがしれてる!」
「なんじゃとぉ!」
 少年とコキュの言い合いを、うなづきながら眺めるメイとガン。
「なかなか聡明な子だ」
「うん。私たちと同じ意見を持ってるのは好感度アップね」
「おまえらぁ」
 半泣きで叫ぶコキュ。
「ケンちゃん、あんまし人の欠点を悪く言うの……嫌い」
「あ、ああ。そうだな。ごめんな、コキュ」
「……」
 コキュ、無反応。
「コキュ?」
 少年が再度話しかけるが、またも無反応。いや、少しして反応する。
「お、おぉ。我はコキュだぞ」
「……」
 沈黙が、場を包む。
「えと、お前たち……なんなん?」
 少年は、話す相手をコキュからガンに切り替える。
「うむ、私に話しかけるとはますますもって聡明だ」
 ガンは無表情でうなずき、話し始める。
「最近、領主王様……というより、宰相の政務が軍事に力を入れすぎている気がしてな。それで調査をしている」
 少年が、固まる。
 なんとか戦隊とか言っていた子供たちの行動目的が、国政に対する調査とか。規模が違いすぎる。
「えーっと?」
「つまり、子供だって政治に興味を持って。もっといろいろ調べていこうっていう社会勉強よ」
 メイがフォローを入れる。
 地の国は、基本的に治安がよく、また教育レベルも高い。
 義務教育期間を設けていることでも他国に先んじている。
「そっか。じゃあ俺たちも手伝えることがあったら手伝うよ」
「そうか! じゃあまず黒煌に会って問いただはむ!」
 メイに頭を叩かれるコキュ。
「宰相様を呼び捨てにして。切り捨てられても知らないぞ」
「じゃあ、あにさみゅうう!」
 ガンに頭をはたかれる。
 ここまで不自然なことが続くと、さすがに気づくものが出てくる。
「ん、どうしたサキ?」
 少年が、少女を見る。サキと呼ばれた少女は、小さく方を震わせている。
「ま……まさか……こくよ……」
 そっと、サキの口に手を当てるメイ。人差し指を一本立て、しーっとつぶやく。
「みんなで、社会見学。しましょうね?」
 メイの言葉に、コクコク頷くサキ。
「じゃあ、知り合いとかお友達とか。いっぱい集めてきてちょうだい」
「うむ。みんなで社会科見学じゃ!」
 周囲の気苦労をよそに、コキュは無邪気に叫ぶのであった。


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